amareiの日記

結婚や子育て、生活について日々思うこと

ありのままの自分を愛して欲しい

この思いが発達障害バロメーターになるのではないか。幼い頃から親や学校が矯正を試み何度も否定されてきた。中学時代、支えになった言葉はブルーハーツの「誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない。自分を殺すことはない。ありのままでいいじゃないか」流行っていたよね?!だからみんな思春期は反骨精神もあって大差はないと思っていた。でも実際わたしの今いる場所には強い同調圧力がある。I love you just you way you are.なんていうのも人生で一度、誰かに言われたい言葉。その思いが強ければ強いほど、社会に馴染むのが難しいタイプなのではないかなと思った。

 先週、大学の友人と集まった。そこでやはり「ありのまま、素の自分」というキーワードを何度か耳にした。ずっと普通だと思っていたわたし。周りも似たように自由奔放で、共感し合えた。いつも自分たちは特別で、自分たち以外は下々の者だなんて思っていた…最高に楽しかった大学時代。自分たち以外の方が大多数だなんて、疑いさえしなかった。くだらないことに合わせたくないと、1人は独立して女社長になっていた。人間関係の煩わしさが出発点だったそうな。そもそも高校で進学校に行ったところから、人生楽になった。勉強してれば何しててもあんまり文句言われない。さらに大学はもっと楽。理系のそこそこ学力のある大学に入学する人という時点で既にかなりの少数派?フィルターがかかった後に出会うから、似た子も多い。しかも数少ない女子のなかでもさらに気が合うとなると、最強ベストフレンド。かなり共感し合えるのだ。

 受け皿のないリケジョ。そもそも社会とかに関心が薄いから、そんなにやりたい職業とかなかった。頭だけいい人はこの仕事って仕事があれば、もう少し社会に出てからも楽しめたのかもしれない。共鳴し合える仲間が生活の中にいたのは後にも先にも大学だけだったかも。仕事の内容よりも気の合う仲間と仕事できるって方が、仕事楽しいんだろうな。

 友人の1人は人生を無駄にしている気がすると言っていた。青年海外協力隊にいた時もまだ共感できる友達、面白い子がいたけど、ママになってから出会えない。ママ友らしき人がいない…イマイチ楽しくない。。それはもう仕方ないことなのだと思った。考えていること、感じてることを話せて共感し合える友人がこの地球にいて出会えただけでも良かったと思う。もう諦めて無理に興味のない雑談とかしてママらしいファッションとかして合わせる努力やーめた。好きにしよう。

 ママという肩書の発達障害の人は少ないから、気の合う人が見つからないのか。もしくはわたしと同じように、母親としてはみ出ないように、努力して目立たないのか。分からない。