発達障害の日々

結婚や子育て、発達障害や生活について日々思うこと

高等遊民

 久しぶりに、NHKの朝イチの衣装作家さんのゲストの方の話を聞いて、高等遊民について思った。本当に羨ましいと思った。
 母は、世間体をすごく気にする人なので、私の同級生が素敵な旦那さんと結婚し、立派なお家を建て、外車に乗っているのをオマエは羨ましく思わないのか?とたずねられたことが、ある。全然と答えると、いいね~アンタはみたいに言っていた。私が結婚する前の二十代後半のときだったと思う。都会や外国で生活していて田舎に戻ったから、車も運転せずに自転車に乗っていた。そこへやはり母が、この辺りで自転車に乗ってるのは貧乏人か外国人だけだから、自転車乗らないで!と、実家にいる限り自転車禁止令をくらったのもこの時期だったと思う。私も私でしばらく無職で実家にいて、失業保険もらうためにたまに職案にも行きつつ、働かないで生活したいと考え生活保護について調べるも、実家ぐらしもしくは頼れる実家があるとまず無理と思ったのを覚えている。従兄弟のお嫁さんは子供もいない専業主婦で、結婚さえしていれば、何も言われないのか?と不満に思ったりもしていた。友達には流行りのニートだねと揶揄されつつ、本当に社会に出るのが億劫だった。外国にいると外国人だからある程度その土地の風習を無視して生きていたけど、日本だとままならず、外では何かあったら中国人のふりをしようと決めていたし、そうしたこともあったと思う。たった2年の外国暮らしだったけど、逆カルチャーショックがひどくて、色々日本のことが馬鹿らしかった。
 中高生のとき夏目漱石の本が好きで良く読んで、高等遊民について出てきていた。子供ながらに働かないで好きなことだけしてる人を不思議に思ったし、いいなと思った。生活に困らないくらいのお金があれば、図書館で借りた本を読むだけの日々でもかまわない。確かにそれもそうだけど、沢山お金を使いながら好きなことを好きなだけ納得いくまでやりたいなと思う。だから、今朝の衣装アーティストが作りたい衣装をお金も気にせず作って、ダンサーと各地を回るなんて理想的だと思う。世界を駆け回って動物写真を撮るカメラマンとかも、本当に羨ましい。どうしたら、そこまで行けるの?まさに、彼らが私にとっての現代版高等遊民だ。
 身近にも働かないで親からの支援で生活している友達もいる。その子のことを、羨ましいと思うのは少しかな。働かないでジムとかに通ってスタイルも良い。でもやっぱり、もっと遊びたい。だから働いて、海外に遊びに行きたい。
 昔のフィクションの小説の中にだけいるのではない、今の時代の高等遊民がメディアを通して目に入ると、落ち込んでしまう。好きな仕事?遊び?で思いっきり稼ぎたい。世界にはそういう人が存在するのに、私はその仲間入りが果たせなかった。残りの人生をもっと楽しみたい。
 あんなに寝ないで勉強して手に入れた仕事だから、手に入れたときは一生手放さないだろうと思った。でも、もしかしたら転職しても、いいかもしれない。