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amareiの日記

結婚や子育て生活について日々思うこと

トランプ就任

 アメリカの大統領、トランプさんの就任で思うことは、夫と結婚していなかったら「到底受け入れられなかった」ということ。もちろんメディアは過激な発言の一部を切り取って、流していたとしても、やっぱり発言に傷付いた人は多いのではないだろうか。どういう風に?多分「そんなこと、思ってもいけないし、ましては口にしてはいけない」と…そう思うのは私だけ?

 偏見って、個人のことを知りもしないのに勝手に自分の主観で判断することだと思う。例えば、里帰り出産で、久しぶりに母にお世話になり、一緒にレストランに行った時のこと。レストランのウェイトレスが中学時代の同級生で、ひとしきり昔話に花が咲いた私たち。レストランを出ると母が「あの子母子家庭で育った子でしょ?子どもが3人もいて、お金でも貸してと言われるかもだから連絡取り合わない方がいいんじゃない?」と言った。絶句。吐き気がするほど、嫌になった。こんな親に育てられたから、私は偏見と闘うようになったのかと自分のルーツを知った気がした。彼女のこと知りもしないのに、片親だったというだけでそんな憶測するなんてひどい。

 母親だけならまだしも、結婚した夫も同じような偏見を示す。海外旅行が好きな私は、日本にいながら外国文化に触れたい。地元の外国人の多い保育園に子どもを入れたいと夫に言うと「あそこは低所得者の外国人が行く場所だから、マナーが悪いに決まっている。そんなとこに子どもを入れたくない」と言われた。何も知らないくせに。。所得の高い低いで人を判断するなんて、下衆だ。そんなこと、思うだけでもいけないことだと思う。夫が嫌いと思う瞬間である。

 夫と結婚して唯一良かったと思ったのは、世界の見方が変わったこと。わたしは偏見を持たないよう細心の注意を払い、自分も相手も傷付つけないように生きていると思っていた。そして私のような人間がわたしの友達としてわたしの周りに多くいた。だから世界の大多数が、そう思っていると思っていた。

 でもそうじゃない人が案外いそうだと思った。母だけでなく、夫も。薄々気付いていたけど、偏見を持つことを悪としない人って結構いるのでは?という思いをトランプ氏の発言がやっぱりそうかと裏付けた。別に自分がそう思うのが、何が悪い。思ったことを人がどう思おうと言って何が悪い。そういうスタンス。

 時に頼もしく感じることもあって、正反対の価値観の人と結婚したのか。もし同じような人と結婚していれば、穏やかで平和な日々だったのかと、考えても仕方ないことを思う。

 自分と本当に違う人が身近にいると、どこか集団に属した時の居心地も変わった。学生時代の気の合う仲間だけでわたしの世界は止まっていた。職場や保育園のママたち、わたしの出入りする集団にもわたしと全然違う人がいて、棲み分けできない場合も多いから共生していくのが、中年期かと思う。