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amareiの日記

結婚や子育て、生活について日々思うこと

暴力が何故いけないのか

 力の強い者が弱い者に暴力をふるった場合、たとえ弱い者がやり返したとしても同じダメージを強い者に与えられないから。だから、大人が子どもに、男性が女性に、強者が弱者に、暴力を用いてはならない。いじめてはいけないのだ。

 暴力がいけない理由なんて当然過ぎて考えたことがなかった。そしてまさか暴力についてわたしが深く考えなくてはいけない日が来るとは…暴力被害にあわない限り良く考えないだろう。暴力がいけないなんて小さい頃から教わっているし、当たり前の道徳過ぎて一般常識。

 言葉で傷つけ合うのはある意味対等なんだ。死ねと言われたら死ねと言い返す。力の強弱に関係なく表面上同じダメージを与え合える。でも暴力は力に差があればどうしたって力の弱い者が悔しい思いをしなければならない。語弊を恐れずに言えば、同じ力の持ち主通しの暴力ならいくらでもやり合えばいいのではないか。

 力が弱い事は決して恥でもなんでもない。ただの身体能力だしそれは個人差であって、人間の尊厳はあくまで対等。だから強者の被害に遭った場合は、助けを求めるのは恥ずかしい事では全然ないし、周囲も全力で助けてくれる。助けてくれる周囲が探せばある。

 このブログを書いているのは、自分のように苦しむ人もいて、自分の気付きが誰かのほんの少しの支えになって欲しいという思いもあるんだと思う。

 

断捨離したところで片付かないという事実

・ やましたひでこさんの「断捨離」

・こんまりさんの「人生がときめく片付けの魔法」

・佐々木典士さんの「ミニマリズム、ぼくたちに、もうモノは必要ない」

 売れているモノを捨てる本は読みました。その他図書館にある片付け系の本も片っ端からかりて、読んでみました。読んでる時間を片付けに使ったらどんなに片付くだろうと思いながら…

 とにかく騒然と雑然とした5人家族の汚部屋。多少片付けたとしても1日も持たずにもとのキッタネー部屋に戻るので、片付ける気力すらわかないのでした。

 まず最初に取り組むのは断捨離。とにかくモノを減らす。そしてモノが入って来ないようにする。シャットアウト。こどもちゃれんじなんか本当毎月オモチャが届いてもう無理でした。小さなお子さんのいるお宅へお邪魔させてもらうこともありますが、よくもまあこんなたくさんのオモチャをちゃんと片付けて生活できる!というお家が結構あって感心します。パワフルに片付けられる、あれは母親の才能?人間コントロールできるモノの量はそれぞれ個人差があって、わたしは本当に少しの量も片付けるのが億劫。オモチャから洋服から徐々に減らしていって、「モノが少ないねー」なんて他のお母さんたちに言われるようになりました。でも、ものが少ないのに散らかる。片付けるために毎日アチコチ家を徘徊しなければいけないことに苛立つ。そこで気付いたのが、例えモノが少なくとも散らかし放題の人たちがいて、わたし以外誰も片付けないということ。子供や夫にママあれ何処?これ何処?と聞かれて結局出すのさえもわたしの仕事…正直ウンザリです。モノの置き場を決めて、いつも使う人が管理する。困るのは誰か?自分ですよという風にしておけば、なくなった時も「ちゃんと元の場所に戻さないから無くなるのよ。あなたが悪いんでしょ」と言える。責任の所在はあくまでも所有者。共有で使うものも無くなれば最後に使った人の責任、というシステムを作りたい。そうでないと、虚しい片付け地獄、片付け巡礼は終わらない。

 そこで、断捨離の後に辿りつくのが整理収納です。これも図書館の本を片っ端から読みました。参考になったのがOURHOMEのEmiさんや、門倉多仁亜さんの本でした。人生の半分は整理整頓であるという、ドイツの格言は言い過ぎではないように思います。家事をする中で如何に頭を使わず習慣にまで落とし込めるかが、家事が面倒でなくなるかぎです。あれこれ考えずに自然に体が動くようになれば、面倒臭くてやりたくないという感情が大分払拭される。これ何処にしまおう?とか考えずに決まっていればいい。家事の流れも流しを片付けたら珈琲飲んで次は洗濯物干すとかってルーチン化して考えないようにする。ご飯作りもヨシケイの何がいいって、メニューを考えなくてよくて材料が届くところ。

 ちょっと脱線しましたが、断捨離してモノの置き場所も決めました。自分自身が部屋を片付けるのは把握しているから大分楽になりました。あとは家族にどうしたらしまってもらえるか。口うるさくいう?褒めて動かす?その人がやりたくもないのに、やってもらうことは本当難しい。本人は必要と思ってないことしないから。これからこの試行錯誤の段階に入りました。

 

 

四国化成の門柱

やっと表札もついた。

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風水的には表札がないのは家人が居ないことを意味するから縁起が悪いらしい。簡易ポスト兼表札でもともとあった四国化成の門柱。建売ってこういうの多いよね。もともとアクリル?の名入れパーツがついていて、特殊な印刷でもするのかな?と思ったら、六角リンチで取り外してジョイフル本田に持っていくと、一文字200円でシールを貼ってくれた。表にはるとシールの微妙な出っ張りにホコリがたまるかな?と思い、裏から貼りました。アルファベットも入れたので全部で10文字になり2000円でその場で仕上がった。飽きたらシール剥がして別の字体や色や絵なんかも入れられるみたい。流石ジョイフル本田

 小さいけど今のご時世個人情報やらで表札すらつけるのどうかなと思うから、まあこれでよかったと思う。

 

整理収納への挑戦

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 やっとお客様も落ち着いて家に手を入れられるようになってきた。

 1日幸せでいたいなら髪を切れ。

 1週間幸せでいたいなら車を買え。

 1か月幸せでいたいなら結婚しろ。

 1年幸せでいたいなら家を買え。

だったか?

家を買うなんて、そんな予定も無く欲しくも無かったけど、住んでからこんなに楽しめると思わなかった。ここをこうしようああしようとアイディアがどんどん湧いてきて、しかも自由に結構簡単に実現できる。

 まず手掛けたのは洋服置き場。洗面所のオープン収納の棚を外してツッパリ棒を渡した。上は旦那用の衣類収納、下は子供用の衣類を引き出し収納。稼働している洋服だけを収納する。シーズンオフのものやサイズアウトしたものは二階クローゼットへ。旦那が洗面所は湿気があるから、衣類を置きたくないとか言わなくてよかった。子供服に関してはトップス6枚、ボトム6枚、下着もパンツも6枚と決めてしまう。決めると楽でコントロールしやすい。収納に真面目に取り組むのは初めてで、本を読んだところどうやら、小さなルールを張り巡らせることが、収納の第一歩らしい。何処に何を置くといった決まりごとを作る。あと、収納は設計するもののようだ。家にある物を使うのだが、そこの浅い箱は使いづらい。なのによく分からない頃買ったから、家に沢山ある。積み重ねられないので、棚がないとたくさん使えない。棚があるなら立てて収納する方が断然空間が有効利用できるようだ。何事もやってみないと気付かないことって結構ある。

 現代の収納カリスマはOURHOMEのEmiさんで、シールを作るのは面倒なのでパジャマとか靴下のラベルシールを買わせて頂きました。

 使いづらい箱↓これじゃあ上にモノが置けない。

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使いやすい箱↓棚の下から上まで使えて、横に並べられるから収納力がある。

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やっぱり建売は収納力に欠けるなあと思う。というか…二階の各自のクローゼットに洋服を置くのは無謀な気がする。誰も二階まで服をしまいにいったり、とりにいったりしないだろ?だから、一階の収納に洗濯しては着るシーズン中の服を全てしまえるようにしようとしている。旦那のパジャマやスーツがソファに投げ出されていてもすぐに片付けてもらえそうな場所はリビング裏の洗面所。子供にも洗濯物を畳んで自分の引き出しに入れたり、着る服やパジャマを自分で出せたりさせたい。いくら収納を作っても結局母親が片付けることになるのか?作った後は片付けさせる工夫が必要なんだろうけど。勉強なんかより、そっちを優先してやってくれと思う。私が仕事を始める前にみんなで家事を回せる仕組みを作りたい。

ハイドランジア コットンキャンデー

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 始めは白く花が咲き、次第に薄いピンクになる紫陽花。

 ジョイフル本田で2500円くらい。

 庭に埋めようと思ったら、売るために温室で早めに咲かせたらしくまだ4月の今は外は寒いから家の中に置いた方がいいとのこと。夏が終わったら移植すべしとお店の人に言われた。玄関にしばらく置いて楽しむ予定。

 4月ってこんなに雨が降るんだなぁと思う。今日も雨。子供が小さくて家に居ると天気に敏感になる。洗濯物の乾きや子供に着せる服が気になるから。雨の日は洗濯頑張らない。そうすると1日の予定も組み変わる。天気に行動が左右されるって自然と一体になって動物的に生きているようで悪い気はしない。仕事に追われてると雨でもなんでもゴリゴリ仕事進めるから、不自然にも思う。そういえば、アフリカの学校で働いた時、雨の日は生徒が来なかった。

 雨の日に花を見ると癒される。雨の日だけじゃない、歳を重ねると健気に咲く花に心をよせるようになるのかもしれない。

生まれて初めて人様に死ねと言った

寝かし付けの最中夫が抱っこしてくれていた赤ちゃんを布団におろし出ていった

。当然泣き叫ぶ4ヶ月の赤ちゃん。上の4歳と2歳の子どももママ抱っことせがむ。1人で抱っこ出来るのは2人くらい。どうしても1人は泣かせるし寂しい思いをさせてしまう。

子どもを置いてわたしも寝室を出て、夫に向かって死ね‼︎と叫んだ。

正直スッキリ。心から死んでくれと思ったタイミングで死ねと言える。今まで言われ続けてもわたしは人として言ってはいけないと言わなかった言葉。夫のレベルまで引き下げられたのは自分を失ったことになるけど、わたしも言いたいことを頑張って我慢してたんだなって思った。我慢してたから、死ねと言われると腹が立った。でも死ねって我慢せずに言えるようになれば、言われても悲しい気持ちや腹立たしい気持ちにならずに済むかも。

 言う自由も言わない自由もわたしにはある。言ってもいいけど、わたしは言わない。でも、言いたい人は言えばいい。そう思えるようになれば、自分が1番傷付かなくて済むかも。やっぱり、誰かに死ねと言える自分を自分は嫌いになると、思う。

 

夫はアスペルガーなのではないかという疑惑

・よくキレて大声を出す

・暴力を振るう

・暴言を吐く

・わたしの言っていることがよく分からないという→わたしが悪いのか?でもそんなに夫以外の人に言われたことがない

・わたしが耐えきれなくなり他の部屋に逃げ込むと追いかけて来て部屋をこじ開け逃げ場を失わせる

・心を開ける友達が居ないようだし昔いじめられて性格をかなり矯正たらしく、外では気を使い疲れるようだ。→わたしも凄く優しくていい人だと騙された想い。

・わたしの家族や友人と同席するとわたしをけなし雰囲気を悪くさせ、周りに気を使わせる。→自分の身内や友人の前ではすごくいい人を演じる。

 などなどアスペルガーという決めては無いけど、すごく家族として厳しいと思うことがある。義理のお姉さんが結婚相手を「キレないで優しい人だから結婚する」と言っていて疑問に思った。そんなの普通では?と。弟、つまりわたしの夫がいつもキレていたからそんなこと言っていたのかなと納得するのにあまり時間を要さなかった。始めはモラハラ夫なのかなと思った。でもおかしいな?と思ってどうにもならないから、臨床心理士に二件相談した。1人目の臨床心理士は「家族がそう思うということは大抵アスペルガーな場合が多い」と言っていたけど、2人目の臨床心理士さんは「よくある男性の姿」だと。アスペルガーだと決めつければ楽なのかなぁとも思ったけど、いずれにせよツラいときはツラい。

 先日は保育園の保護者同伴の行事に4歳の娘と夫2人で行ってもらうと、なんと娘を園庭に置き去りにし寒いからと自分は車にいた。しかも娘に声もかけず、その場を立ち去ったらしい。育児放棄ではないか。車からわたしに「家片付いた?」と電話してくるから、状況を聞くと1人で車にいると言う。驚いて早く戻って!何かあったらどうするの??といきり立ってしまった。娘はその日休日出勤の2人しか居なかった保育士にパパが居ないと泣いているところを確保されたらしい。娘から聞いた。夫が娘を迎えに行った時はもう泣き止んで居たから、夫は悪い事をした気もなく、悪気がないからわたしにも電話してくるんだろうけど…何のための保護者同伴か分からないらしい。わたしが咎めると「ずっと見てろなんて聞いてない」と言う。4歳の娘を大人が近くで見ていなかった事など今まで一度もないのに。

 全然違う例えだけど、言い間違いにもうるさい。わたしが食洗機をセンショクキと呼んでいると怒る。ニュアンスで話せない。わたしならこの人の言うセンショクキは食洗機のことだと別にスルーできるけど…わたしの方がおかしいのかな?そんなに怒らなくていいのではと言うほど怒る。大抵怒るのはわたしの言うことが分からないと言うときと、逆に自分の言うことが伝わらない時。怒らず言葉を重ねていけばいいのに無理らしい。

 暴力は…加速していった。まさかだったけど始めは突き飛ばされた。次に襟首を捕まれ引きずり回され、蹴られてスネに痣ができた。わたしもやり返すとやり返したら同罪だと言われた。次やられたら警察呼ぶと言い、本当に次があったので警察を呼んだ。幼い子供が警察が家に来てはしゃいでいた。その夜はお義父さんが迎えに来て夫の実家に夫を引き取ってくれた。そこから別居。子供の誕生日もあるのでわたしの父に間に入ってもらい、次に暴力を振るったら離婚するというので合意した。夫はわたしが暴力を振るわせるような真似をするから暴力を振るうみたいな言い方をするから、不安。子どもも3人も居るけど、わたしも次暴力があれば離婚して構わないと思っている。

 わたしはこんなに夫が嫌いなのに夫が嫌われていると思っていないのが不思議でならない。離婚しないの一点張りも疑問。離婚したくない相手を殴るだろうか。

 結婚6年になる。最後の暴力は3人目妊娠発覚直後。3人もいれば、もう何しても別れられないとでも思ったのか。別居解消から約1年、なんとか暴力はなかった。酒もやめてもらっている。子どもはわたしがどうしても欲しいと思いお願いした。だから嫌われていないと思うのかな?最近はまだ首の座るか座らないかの第三子の可愛さに、この子を授けてくれただけでも彼と結婚して良かったと思うように努力している。別に離婚したいわけではないのだ。暴力さえなければ。暴力が無いことを祈ると同時に、わたしもなるべく彼を刺激しないようにしたい。